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京都地方裁判所 平成7年(ワ)2467号 判決

原告

加藤修

被告

株式会社大興設備開発

右代表者代表取締役

森本哲郎

右訴訟代理人弁護士

杉本孝子

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告に対し、金一〇四万六三六二円を支払え。

第二事案の概要

本件は、被告を退職した原告が、就業規則の退職金支給規定に基づき、退職金の支払いを求めた事案である。

そして、本件の主要な争点は、原告に就業規則の退職金支給規定が適用されるか否かである。

一  請求原因

1  原告の地位

原告は、昭和五八年九月、被告に雇用され、平成七年三月一〇日、被告の都合により退職した。原告の退職時の日給は金八六〇〇円であり、勤続年数は一一年六か月であった。

2  退職金支給規定

被告の平成六年一二月一五日付け就業規則(以下「本件就業規則」という。)には、退職金支給規定がある。そして、原告にも本件就業規則の退職金支給規定の適用がある。

なお、「高齢者」である別所一郎は、平成五年二月末、退職金一〇万円を支給された。

3  退職金額

退職金支給規定によれば、退職金は、基本給(日給に一年間に勤務すべき二五四日を乗じた額を月数一二で除したもの)に勤続年数を乗じた額を二で除して計算する。そこで、原告の退職金は金一〇四万六三六二円となる。

二  請求原因に対する認否

1  1の事実は否認する(なお、原告は、被告の一九九五年一二月四日付け準備書面に「原告が被告会社に入社したことを認める」との記載があり、被告が右準備書面を陳述したことにより、原告が昭和五八年に入社したことについて裁判上の自白が成立した旨主張するが、右準備書面には「一九八三年九月従業員となったことが仮りに事実としても」との記載があるから、原告が主張するような裁判上の自白が成立したとはいえない。)。

昭和五八年以降、原告が被告の業務を行っていたのは請負として行ったものであり、被告が原告を雇用したのは、昭和六三年二月二日以降のことである。

2  2の事実のうち、本件就業規則に退職金支給規定があることは認めるが、その余の事実はいずれも否認する。

被告には、正社員のほかに「高齢者」という従業員がいる。「高齢者」とは、定年退職後に再雇用された従業員及び定年を超えた年齢で新規に採用された従業員のことである。「高齢者」は、正社員とは給与体系や勤務時間などの労働条件が異なっている。そして、原告は、大正一二年二月一日生まれであるから、昭和五八年を基準にしても、被告に入社したときには定年を超えており、「高齢者」であった。

ところで、本件就業規則は、労働基準監督署から就業規則が提出されていない旨の指摘を受けて作成されたものであるが、それ以前の就業規則(以下「旧就業規則」という。)には退職金支給規定はなかった(旧就業規則は「別に定める退職金規定により支給する」と規定していたが、右にいう退職金規定がなかった。)。そして、被告は、従来「高齢者」に退職金を支給したことはなく、原告も「高齢者」に退職金が支給されないことを知っていた。しかし、被告は、従来正社員には退職金を支給していたので、この取り扱いを明文化するため、本件就業規則に退職金支給規定を設けた。その際、被告は、「高齢者」に退職金を支給しない従来の取り扱いを変える意思はなかった。

したがって、本件就業規則の退職金支給規定は、正社員にのみ適用され、「高齢者」には適用されないから、原告にも適用されない。

3  3は争う。

第三判断

原告が入社した時期については争いがあるが、原告が入社した(従業員であった)こと自体は争いがないので、まず、原告に本件就業規則の退職金支給規定が適用されるか否か(請求原因2について)検討する。

一  認定事実

本件就業規則に退職金支給規定があることは当事者間に争いがなく、右事実及び証拠(〈証拠・人証略〉)によれば、次の事実が認められる。

1  被告には、正社員のほか「高齢者」「パートタイム従業員」という従業員がいる。「高齢者」とは、定年(平成六年からは六〇歳、それまでは五八歳)退職後に再雇用された従業員及び定年を超えた年齢で新規に採用された従業員のことである。そして、原告は、大正一二年二月一日生まれであるから、被告に入社したときには定年を超えており、「高齢者」であった。

2  旧就業規則には具体的な退職金支給規定はなかったが、被告は勤続三年以上の正社員には退職金を支給していた。しかし、被告は「高齢者」には退職金を支給しておらず(〈証拠略〉に照らせば、別所一郎が支給された金一〇万円は退職金とはいえない。)、原告も「高齢者」に退職金が支給されないことを知っていた(〈証拠略〉)。

ところで、被告は、労働基準監督署から就業規則が提出されていない旨の指摘を受けて、正社員の代表の意見を聞いたうえ、平成六年一二月、本件就業規則(退職金支給規定)を作成した。その際、被告は、正社員を念頭に置き、従来の取り扱いを明文化するつもりで退職金支給規定を設けただけで、「高齢者」に退職金を支給しない従来の取り扱いを変える意思はなかった。

3  本件就業規則は、左記のようなことを規定している。

〈1〉 労働時間は午前八時一五分から午後五時一五分まで

〈2〉 職務手当は主任で月額金二万円

〈3〉 家族手当は配偶者が月額金一万二〇〇〇円、満一八歳未満の子が月額金四〇〇〇円

〈4〉 精勤手当は月額金七〇〇〇円

〈5〉 昇給は毎年五月二一日

〈6〉 精勤手当支給に必要な出勤日数は限定なし

〈7〉 勤続三年以上の従業員に退職金を支給

4  本件就業規則が作成された平成六年一二月ころの原告の労働条件は左記のようなものであった(丸数字は、それぞれ前記3に対応している。)。

〈1〉 労働時間は午前一〇時から午後七時まで(平日)

〈2〉 原告は主任であったが職務手当は月額金一万円

〈3〉 家族手当は支給なし

〈4〉 精勤手当は月額金五〇〇〇円

〈5〉 昇給はなし

〈6〉 精勤手当支給に必要な出勤日数は概ね一か月一八日

〈7〉 (本件の争点)

5  本件就業規則が作成された平成六年一二月ころの正社員の労働条件は、左記のようなものであった(丸数字は、それぞれ前記3に対応している。)。

〈1〉 労働時間は午前八時一五分から午後五時一五分まで

〈2〉 職務手当は主任で月額金二万円

〈3〉 家族手当は配偶者が月額金一万二〇〇〇円、満一八歳未満の子が月額金四〇〇〇円

〈4〉 精勤手当は月額金七〇〇〇円

〈5〉 昇給は毎年五月二一日

〈6〉 精勤手当支給に必要な出勤日数は一か月平均約二一・五日

〈7〉 勤続三年以上の者に退職金を支給

6  被告が、平成七年一月初旬に本件就業規則を労働基準監督署に届出たところ、労働基準監督署は、「高齢者」及び「アルバイト従業員」に対する処遇が文書上はっきりしておらず、契約期間が不確定で地位が不安定であること、雇用条件が不明確であることを指摘し、個別の雇用契約書を作成するように指導した。そこで、被告は、同年四月、各「高齢者」との間で雇用契約書を作成した。

7  被告は、平成八年一月、正社員に関する就業規則(退職金支給規定あり)と「高齢者」及び「パートタイム従業員」に関する就業規則(退職金を支給しない旨明示)を作成した。

二  検討

1  (証拠略)によれば、本件就業規則は「従業員」を対象にしており(一条一項)、「従業員」とは被告に採用された者である(三条)旨規定しており、また、本件就業規則には「高齢者」も「従業員」に含まれることを前提にするかのような規定(六条五項)もあることが認められる。そこで、本件就業規則の文言だけを取り上げれば、「高齢者」にも本件就業規則の適用があるといえなくもない。

2  しかし、前記認定事実によれば、本件就業規則が定める労働条件は実際の原告の労働条件とは符合しないのに対し、正社員の労働条件とは符合していること、被告は正社員だけを念頭に置いて本件就業規則(退職金支給規定)を作成したこと、被告は労働基準監督署からの指摘を受けて本件就業規則を作成したところ、労働基準監督署は本件就業規則が正社員にのみ適用があることを前提に被告を指導していたと推認できることなどを考慮すると、本件就業規則は、正社員に関するものであり、「高齢者」である原告にそのまま適用されることはないというべきである。

3  ところで、前記認定事実によれば、「高齢者」及び「パートタイム従業員」に関する就業規則が平成八年一月に作成されるまでは、「高齢者」に関する就業規則はなかったのであるから、それまでの間は、特段の事情がない限り、その性質に反するものを除いて、本件就業規則が「高齢者」に準用されるというべきである。

4  しかし、前記認定事実によれば、被告は「高齢者」に退職金を支給する意思はなかったこと、原告は「高齢者」である自分が退職金の支給を受けられないことを承知しながら、被告と雇用契約を締結して勤務していたこと、本件就業規則が労働基準監督署からの指導により作成されたものであり、過渡的なものといえなくもないこと、被告は労働基準監督署から「高齢者」の雇用条件が不明確であることなどを指摘されて、各「高齢者」との間で雇用契約書を作成したこと、さらに被告は平成八年一月に「高齢者」に関する就業規則(退職金を支給しない旨明示)を作成していることを考慮すると、原告には少なくとも本件就業規則の退職金支給規定は適用されないというべきである。

第四結論

よって、原告の請求は理由がない。

(裁判官 磯貝祐一)

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